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古紙輸出関税創設への愚行を許してはならない

  「古紙輸出に関税が懸けられるかもしれない」紙業界紙に斉藤斗志二衆議院議員の記者会見の模様と共に掲載された記事を見て、この様な動きのある事を知った。確かに古紙市況の現状は、中国を中心とした東南アジア諸国への旺盛な輸出を背景に活況を呈してはいる。しかしそれは、決して国民生活を脅かしたり、或いは我が国の経済活動をかく乱したりするような、異常な需給逼迫でも、度を過ぎた価格高騰を招いているものでもない。むしろ、古紙が一般家庭等発生元から流通経路を経て製紙会社に納入されるまでの、積み上げ式回収コストが到る合理的な価格帯にやっと辿り着き、健全な古紙回収ルートの維持を果たす事が出来る様になった、と言える状況である。もし、深刻な、とか憂慮すべき、とかいった文言で示す事態を指して言うとすれば、1970年代のオイルショックがもたらした紙不足パニック時のそれでしか無い。                                                      
  繰り返して言うが、古紙市況の現状は、グローバル化が著しい経済環境下における健全な市場原理に基づいた正常な状況の只中にある。ここで、何故「古紙輸出に関税創設」なのか。国内製紙メーカー各社が、中国をはじめとする海外製紙メーカーの購入する原料古紙価格から海上運賃等の輸出費用を差し引いた価格と同等の古紙価格で原料手当てをする事により、経営に破綻を来すとは到底考えられない。正常な状況の只中にあるとはいえ、原料古紙価格の上昇に苦しんでいるとしても、限りなくグローバル化が進み厳しさを増す現代経済情勢の中にあっては、我が国紙パルプ業界も、業界業種全ての各社が手を携え、信頼関係の基に叡智を結集して協力し合い、切磋琢磨して国際競争力を高めつつ解決を計る事が肝要であり、優れた技術革新もそのような環境の中から生み出されて来るものである。決して、安易に官界に頼るべきではない。又、官界も民業への規制的な関与は、控えるべきである。
 かって平成10年以降数年の間、古紙は大変な余剰現象に見舞われ、行き場を失った雑誌古紙が、心無い人の手により田地に不法投棄されるという、まさに異常な事態を現出した時期があった。この時期古紙業界は経営危機打開と、古紙回収システム崩壊防止への努力に辛酸を舐め、製紙メーカーは押し寄せる原料古紙に悲鳴をあげ、心ならずも価格引き下げを繰り返したが事態は解決せず、原料古紙置き場の確保に奔走しても焼け石に水、遂に古紙業界は価格の逆有償化という未経験の事態にまで陥っている。さらに、平成12年には「資源有効利用促進法」が公布され、古紙発生増に一層の拍車がかかり、古紙業界は、慢性的な古紙余剰に悩まされ続けるが、ここで、ついにその活路を輸出に見い出し、赤字輸出の犠牲を余議なくされながらも、国内古紙需給のバランス化を成功させる事となった。現在の古紙輸出に至る過去のこのような経緯から視線をそらすべきではない。
 果たして、斉藤議員が唱えるように、古紙輸出により国内再生利用に必要な古紙の確保が本当に出来なくなるのだろうか。業界紙「古紙ジャーナル」平成19年11月26日号によると、2007年度見込で、日本国内古紙回収量は2,303万トン、古紙消費量は1,895万トンで回収量から消費量を差し引いた需給ギャップは408万トンあり、その内400万トンが古紙の輸出量とされている。勿論品種別検証も必要ではあるが、マクロ的見地からは、深刻な需給のアンバランスはみられず、むしろ需給バランスは理想的とも言えるかたちで、確保されている。
 更に、議員の提案内容の中には「中国等の古紙回収率改善に具体的協力」そして「輸出関税を財源とし・・・中国等の古紙回収率改善の援助」といった事柄が盛り込まれている。これらが、果たして必要であろうか。今やすでに民間レベルでの古紙業者、或いは商社よる著しい中国進出が有るのみならず、彼らの成長に伴う、彼らによる中国国内古紙回収の合理化とその目覚ましい普及活動への役割、そして彼らの先進性を軸にした中国政府による古紙回収業者近代化への後押し等を目の当たりにする時、大切な我が国財源を使ってのこれら提案項目の必要性は喫緊の課題とは思えない。
  これまで、我が国製紙メーカーと古紙業者は紆余曲折を経ながらも、様々な困難を共に克服しつつ貴重な信頼関係を築き上げて来た。今、特定の製紙会社創業家の血筋を引く斎藤斗志ニ衆議院議員が、公然と地元静岡地区の中小製紙会社の要望を受ける形で、この様な内容の法律案を成立させた場合、永年にわたって築き上げてきた製紙メーカーと古紙業者の信頼関係が一挙に崩れ去る事になりはしないか。考えるだに背筋が寒くなる思いにかられる。
  信頼関係が崩れ去った時の状況に、シュミレーションを試みてみよう。
  国内価格より高値の輸出価格を横目に見ながらも信頼関係と製紙メーカーの協力に答えて、原料古紙の納入責任を果たすべく努力して来た古紙業界は、余剰古紙の輸出に創設された輸出関税に苦しみ、平成10年代当時の苦境の陰に怯える。その結果何が起こるか。敢えて稚拙のそしりを受ける覚悟で、仮に、輸出関税を10%、古紙価格を15円/kgとし、数量については、前述の2007年度見込みをもとに計算すると、古紙業界の税負担は60憶円/年間、となる。失望した古紙業界は信頼関係に根ざした国内製紙メーカーへの納入責任の呪縛から解かれ、戦術的手段として大きな負担をも顧みず、古紙輸出に一層のドライブをかける。忽ちに国内需給バランスは崩れ去り、製紙メーカーマシンの稼働さえ危ぶまれる事態となる。足りなくなると、値は上がる。近年における古紙相場の変動値は最小単位が、銭から円に移行している。最小単位の値が上がるとしても1円/kgとなり、国内製紙メーカー全体の減益額は、189億5千万円に達する。この様な結果を招いてしまっては、古紙問題の解決を果たすどころか、かえって混乱を来す事になってしまう。さらに我が国古紙業界人は、グローバル化する経済環境に対応しつつも常に国内業者としての善良なナショナリズムに根ざしたヒューマニズムを忘れぬ経済人として我が国経済に貢献して来ている。この真摯な姿勢を今回の輸出関税創設に対応する行動により彼らから失わせる様な事があってはならない。
  言うまでもなく、国会議員は高邁な政治理念の下、常に国益を第一のテーマとして行動するべきである。自らの支持基盤となる特定の地元や、業界への利益誘導に繋がりかねない狭い視野で行動してはならない。
  我が国最大手の製紙会社、王子製紙がこの程、中国で日本の製紙会社として初めて大規模な紙パルプ一貫工場の建設に着手した事がマスメディアによって報じられた。今回の古紙輸出関税の創設は、このプロジェクトにも何らかの不利益をもたらすのではなかろうか。又この提案は、先月福田康夫首相がアジアでの外交デビューを果たす場となった東アジア首脳会議に於いて合意に至った東南アジア諸国連合全体と日本との自由貿易協定を核とする経済連携の最終合意にも背を向けるものであり、創設、施行によるアジア諸国に於ける我が国への信用失墜への危惧は決して杞憂には終わらないであろう。これらを無視しての創設施行は、国益を犠牲にして一部業界への利益(そうとはならないのに)誘導へと走ってしまうに等しい行為になる。
  今、我が国政府は、規制緩和・改革・自由競争による経済の活性化へと舵をきっている。なぜこの方向に逆らう行動を取ろうとするのだろうか。
  又、先日輸出関税なる物の存在を、ジェトロ大阪本部に問い合わせた所「暫定措置法として立法化すれば一般論として発生する可能性は十分有りうる話ですが現在は全く我が国には存在しません」と言う答えが返ってきた。輸出による貿易立国として繁栄を続けて来た我が国では当然のことである。今その一線を越えて古紙が輸出関税品目の第一号になるのは古紙業界人として耐えられない思いであり、創設者共々後世に禍根を残す事例となるであろう。
  一時の思い付きによるセンセーショナルな行動は一見晴れやかではあるが、思わぬトゲや毒を含んでいる場合が多い。慎重な考察を成すべきである。
 もしも、現在の古紙事情に問題を感じ、それを解決しょうとするのであれば、業種を問わず苦境にある中小企業に対し、設備の特別償却等一層の幅広い税制面や助成制度に於ける援助に加え、環境問題をテーマにした提案はどうであろうか。すなわち、我が国製紙会社の環境面に於ける先進性を評価推進し、これに古紙を納入する古紙業者に対し納入量の割合に応じて、一定の環境配慮協力助成金を支給し、環境優良企業としてのランク付けをする。そうすれば、古紙の流れは少々高値の輸出よりも信用とプライドを得られる国内製紙メーカーへと方向を変え、国内製紙メーカーは安定した価格での古紙確保が出来る様になり、グローバルな競争の場は古紙価格から環境問題への取り組み如何へと変わってくる。環境問題が深刻な折、一石二鳥と言えるではないか。但し、これも一時の思い付きの域を出ないが、少なくとも古紙輸出に関税創設よりはましな提案である。
  斎藤斗志ニ衆議院議員は我々紙パルプ業界全体にとって眩しいばかりの存在の人であった。今後もその様な存在の人であり続けてもらう為にも再考を願う次第である。
  「古紙輸出関税創設」に対しての以上の考え方が、一人でも多くの紙パルプ業界諸兄から、賛同を賜る事を切に願うばかりである。
 
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by morinonusi | 2007-11-27 19:16 | Comments(0)  

嬉しいけれどちょっと残念毎日報道

 11月7日付毎日新聞に、古紙ドライブスルーユーカリ木津川店の記事が、写真入りで掲載され施設の内容等が、詳しく紹介された。
 記事は、 無人無料で、収集費用と分別の手間がはぶける面白いシステムと評価いただいたうえ、監視カメラや各種案内表示板の記載内容、採算についての推測、他にも9店舗を展開、などが新井社長の談話入りで書かれている。さらに、古紙を出しに訪れた男性会社員が「休日に部屋を掃除したら大量に古新聞などが出てきた。市のごみ焼却場は休みで困っていたが、この収集所は大助かり。無料だし、ドライブスルー方式で手軽に捨てられる」と喜んで下さっているというインタビューの様子も描かれ、最後は、この回収方法がこれから普及していくかどうか分からないが、「無人で、気兼ねなく利用できる」と、忙しい現代人にはありがたいシステムといえそうだ。で結ばれている。
 中小企業にとって「話題性」を持つという事は、大切な経営要素の一つである。
 したがって、地域ニュースページでの掲載記事とはいえ、マスメディアにこうして大きくしかも肯定的に紹介された事は、古紙ドライブスルーユーカリ全店とそれを運営する株式会社アライの森にとって幸運な出来事であると同時に、本邦初の試みである新しいシステムが、ある程度認められつつある証しであるとも考えられ、喜ばしいかぎりであった。
 ただ、一つ残念に思えたのは、大見出しに「無人無料ごみ収集所」とある「ごみ」という文言である。「ごみ」とは「濁水にとけてまじっている泥。(又は)物の役に立たず、ない方がよいもの」(広辞苑)をさして言う。この定義をひもとくまでもなく、古紙は、はるか平安の時代から再生できる大切な資源とされてきていることからして、ごみとは、明らかに一線を画する物である。毛頭、「ごみ」という認識を持たないできた古紙業者からすれば、不満な思いが残ってしまう。
 しかし、ひるがえって良識の府であるべきマスメディアにおける古紙に対する認識が、ごみの範疇にあるのは、一般社会の人々のそれも同様であろうと気づくのが、古紙業界人にとって大切なことであるといえるのではなかろうか。
 今、人類にとっての地球環境が危機に瀕している、と叫ばれている。
 そして、人類にとっての良い地球環境を取り戻す方策の大切な一つとして、循環型社会の構築が世界共通の課題として提唱されている。
 ごみをなくし、資源を地球に求めず、人間社会の枠内に求める。このように考えを進めて行く時、私達は、古紙を決してごみと認識してしまってはならない。古紙業界人は、このような考え方、認識の仕方についての社会に対する啓蒙活動も忘れず積極的に鋭意努力を致すべきである。
 株式会社アライの森一同、特に古紙ドライブスルーユーカリ運営スタッフ一同は、このようなところに思いをめぐらし、輝く眼差しで毎日新聞の記事をよみかえしながら、明日からの仕事へのチャレンジに胸をふくらませている。
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by morinonusi | 2007-11-09 18:49 | Comments(0)